2020年09月06日

ほしがり。よくばりをやめると、心がらくになるよ

「これほしい」という欲張りな心でいると、どんどんエスカレートしてしまう。そしてなにをてにいれても「もっとほしい」という心が沸いてきます。そうなると心が苦しくなり、犯罪を起こしてしまう。
人間、我慢するという心が大切です。
昔、勝つまではほしがりませんという言葉がはやりました。そして私も、幼少の頃、お金がなかったせいか、欲しいものを求めたことがなかったです。其れが、布施の心を持つようになりました。ひとの喜ぶことをして、生きていくことです。なんだっていいです。食べられたらいいです。服が着れたらいいです。移動ができたらいいです。そんな心でいると心はらくになります。
posted by 玉泉寺 at 09:25| 日記

2020年09月04日

路に触れて皆宝なり

あるお年寄りは損な性分のやと耳にします。
どうしてかというと、ご飯をごちそうまましてから、この頃の若いもんは贅沢じゃ。と不機嫌で不満をこぼしておられるのをみて、いうらしい。そうしたら、若いもんは、その年寄りにご飯をあげなくなった。
その方が年寄りのためと言われて、あげくにみんなのためになる。こういう話を聞くと、損な人と思う。その年寄りは心暗い人なのです。何でもかんでも不平を言わないと気がすまないようです。せっかくごちそうしてあげても周りの人たちを不愉快にするのだから、
反対に、こころやさしいおばあさんがおられました。そのおばあさんは、「とにかく何でもいいように受け取り、暮らしなさい。」と言われたので、一つ馬鹿になって暮らしてみました。
 先ず、自分が寝られないとき、家の者が早くから高いびきで寝るのが気になったとき、「まあ、みんな丈夫じゃから,早うからねてくれるわい。病気なら、看病せんならんのにと思ったそうです。またこどもが部屋を散らかしたとき、今までは叱りつけていたが、そのときから「まあよう散らかしてくれるわい、おかげで私の仕事をつくってくれてと」喜ばれました。
心暗ければ,会うところみな災いなり
眼あきらかなれば、路に触れてみな宝なりと弘法大師が読みました。
posted by 玉泉寺 at 12:05| 日記

2020年08月28日

法華経如来寿量品の解釈

法華経の如来寿量品は、お釈迦様の最高の教えが説かれています。他宗の日蓮宗そして創価学会の信徒さんにもよく読まれています。
なぜ最高なのかはこれから解き明かして行きたいと思います。
お釈迦様が80歳で入滅して、そのまま同時に永遠の生命を生きる永遠不滅の仏であることを明かされたのです。
私たちと同じように生まれ死す釈迦牟尼仏の本源であって、そこから目に見える姿をとって教えを説いています。
私たち人間には苦しみの中に生きていかねばならないのです。その苦しみから逃れるために、出家、成道、説法、入滅という行為があります。苦しみから救い出すために、衆生教化のための方便をもって、教えを説くのです。
なぜ、人間はこの世から入滅するかを解き明かして行く理由は、仏様は常に世にあって、入滅しなかったら、凡夫は五欲をほしいままにして、善根を積むことなく、仏には逢えないなら、仏を敬う心をおこさないだろうと説いています。だから衆生を教化するために、実際に入滅するのではなく、方便で仮に入滅したことにして、悟らせていく手法を説いたのです。まさに、仏の教えをわかりやすくしたのがこの如来寿量品であります。
善男子たちよ、汝たちは女来の真実の言葉を信じて了解せよ。
世尊よ、どうかお願い致します。この訳をお説き下さい。私たちは必ず仏の言葉を受け入れましょう。
この言葉を三度繰り返すのです。
という風に世尊と衆生の会話が続くのです。
最後に仏の教えを信じなさいと結ばれています。



posted by 玉泉寺 at 06:50| 日記

2020年08月07日

お盆とは

お盆のことは、盂蘭盆経に記されています。
お釈迦様のお弟子の目蓮尊者というお方がおられたのです。このお方は神通力といって、普通の者では見えない世界をことや遠い昔のこと、未来のこと、亡くなった人がどうなっているかを見通す不思議な力を身につけておられたのです。
あるの日のこと、母親思いであった木蓮が、すでになくられたお母様が、今どうしていらしゃるだろうと神通力見てみました。するとどうしたことでしょう。木蓮様のお母様は餓鬼道に落ちて、水も食べ物がなく苦しんでおられたのです。お母様は、悪いお方ではなく、この上なく優しいお母様だったのです。
他人には分け隔てなく分け与えるという心の広さに欠けていたのでした。自分の子ばかりで、他人のこどもににはめもくれなかったのです。木蓮様はお母様の苦しんでいるのを知ってジッとしていられません。さっそく水や食べ物を持って、お母様のところへ駆けつけました。お母様は大喜び。すぐに食べ物に手を伸ばして、食べようをすると、火になって燃えてしまい、食べられません。これではお母様を救うことができません。そこでお釈迦様のところに行って、助けを求められました。お母様は自分の子ばかりをかわいがり、他人を優しくなかった。其れが貪りの心を生み、ついに餓鬼道に落ちてしまった。
そこでお釈迦様は、8月15日、お坊様たちの長い夏の修行は一区切り終わりますので、心も体も清らかにお坊様たちに供養して、御先祖様が餓鬼道で苦しんでいるもののために供養してもらいなさい。そして、この功徳によって、おまえの母や、餓鬼道で苦しんで多くの者は、仏様の世界に生まれ変わることができますと言い伝えられたのです。すると一筋の光が、お母様や苦しんでいる者を照らし、餓鬼道の苦しみから救われて幸せな仏様の世界に生まれ変わることができたそうです。
このことから、お盆は先祖様を大切にする人々により、毎年お盆の行事をして、亡き人の幸せに手を合わせて祈ることで、生きている人々の幸せをもたらせてくれるのです
posted by 玉泉寺 at 10:16| 日記

2020年07月30日

顔が心に表れる 笑顔は心を洗われる

顔というのは正直です。暗い顔をしていれば、心が暗いです。うれしいときは、なんといえないうきうきします。いやな人に出会えば、心は暗く沈みます。ほんと正直です。
かえって、他人の笑顔を見れば、自分の心が晴れます。
人間というのは、浮き沈みが激しく、うれしいことがあれば、顔に表れるのです。
いつも晴れやかな顔でいられること自体ないのです。これが生きることであります。
posted by 玉泉寺 at 15:04| 日記

2020年07月25日

千年の王国

千年の王国というのは、物事が10年、100年と継続すること自体、人智を越えた力のなせること、其れが1000年以上連綿として存続しているとすれば、もはや習慣を越えて文化とといわざるをえないでしょう。其れが、お盆ではないでしょうか、江戸時代から続いている言われるお盆は、精霊棚を仏壇の前に作り、おしょらいさんが、帰ってもらえる境界に迎え入れて、そうして、僧侶にお経を唱えてもらい、家族団らんの時間を過ごす。これが人々の平和を作り上げているのだと信じています。
これこそ相手への思いやりに、気づき、自分を大切にすれば、すべてが思い通りになるのです。
一年で一番暑いときに、実戦するのがお盆行事であります。皆様を、やってみませんか。もしわからないことがあれば、お知らせ下さい、お答えします。
posted by 玉泉寺 at 10:37| 日記

2020年07月22日

幸せを感じるとき

一生懸命生きている姿をご先祖様にお見せすることが、供養するすることであります。そうすることで自分自身の生き方がより良いものになっていくのです。
先祖供養を通じて、一人一人hがいのちの尊さに目覚め、今ここに生きている幸せに気づいていく、そしてそのいのちを精一杯生きることを通じて、人生が良いものになっていく
先祖供養とは、実は一人一人の幸せに通じていくものあり、年紀法要で供養していくのです。
posted by 玉泉寺 at 08:41| 日記