2020年11月05日

親愛なる僧侶が他界する

先日、11月3日、私の尊敬する僧侶が、この世から去られました。ほんとに悲しいです。私が住職して以来、お手本となり、今日まで宗教活動ができたのは、この方のおかげです。
お通夜、葬儀式にはおまいりさせていただこうと思っていましたら、コロナ渦ということで、縮小されると聞きましたので、ご尊顔を拝するために出向かせていただきました。ほんと、生前中のお顔と変わらず。やすらかにお眠りあそばされていました。
いまや、コロナ渦で,家族葬が増えていますが、近親者のみでされていることに寂しさを覚えます。
人が亡くなるということは、悲しいものであり、その人を偲ぶことは大切なことです。人は、他人に支えられて、または影響を及ぼして、成長している。そうして,その人が偉大になって行かれる。他人をないがしろしては出世はありえない、たとえば、このよに功労されたかたは、必ず、周りの人々からお祝いの言葉がかけられる。そうでなかったら、だからオープンするのは人の道である。葬式で、家族だけで執り行うのはおかしい、必ず、亡くなった人を偲ぶのは当たり前ではないでしょうか。其れが感謝のこころというものである。
今、人やものに感謝するというのは、忘れられている。自分さえよかったらといというのは社会から逸脱している。健全な社会を造ることは、人々のしあわせを築くのであります・
人の訃報を聞いたりしたら、感謝の言葉を家族様にお伝えすれば、家族様も喜ばれるのでないでしょうか。
これが人のみちだとおもいます。
posted by 玉泉寺 at 10:05| 日記