2019年11月13日

道心の中に衣食あり、衣食のなかに道心なし

道心とは、仏教を学び実践する心をいい、衣食とは、衣食住の生活環境のことです。
 道を求めて努力を重ねる向上心があれば、その目的を達成するのに必要な衣食住は、十分とはいえないまでも、おのずとついてくる、一方いくら生活に恵まれていても、その生活の中からは、むしろ安逸に流されて、道を求め、自分を高めようとする心は起きてこないということです。
 現在の私たちの生活は、物質的に大変豊かになりました。不景気、不景気といわれながら、巷には物が溢れています。にもかかわらず不安感が漂っています。政治、経済、教育、医療、治安などに対する様々な不信が渦巻いています。
 さらに、科学技術の進歩は多くの利便性を私たちにもたらした反面、人々から想像力を奪い、人を思いやる心を著しく低下させてしまいました。不安に駆られ、自己中心で感謝の心を失った人間が増え、思い通りにならないとその不満を、他人への怨みに転化させます。 次々と起きる凶悪な事件の背景には、人格を養う教育が軽視されてきたことがあるからではないしょうか。
 本来、親がきびしいしつけ、教育をして、人としての生き方や迷惑をかけてはならないことを教えていかねばならなかったのですが、親父は仕事に熱中するばかりで、配偶者は、家事と子どもの世話という暗黙の分担で、家庭の機能が失われてきたのではないかと思う。今では、共働きの家庭が増え、子どもの教育は学校にまかせ、高学歴の偏重で親と子ども関係が失われてきました。だから自己中心の人たちが増えてきたのだと思う。
はんぐりと言う言葉が一時ありました。意味は腹ぺこです。腹ぺこであるから、自分を高めて行く、プロスポーツを目指す人は、はんぐり精神で求めて行きます。だから成就できるのですが、名が売れてくるとおごりの境地と成り、堕落して行く選手をよく見かけます。大豪邸に住む人たちには、道心の心がなくなり、身の破滅を招くものと1200年前の伝教大師が説いているのです。

posted by 玉泉寺 at 09:22| 日記