2019年07月24日

君の主人は君自身である

君が生まれてきたのはご両親のおかげである。でも、君自身をつくっているのは君自身である。身体の弱いひとは、他人のせいにしたいものだ。コンプレックスを抱えて生きている。これらコンプレックスを打破しなければ、生きて行けない。私も、子どもの時にはよくそう思って生きてきた。これは間違いなのです。両親から命をいただいたのだから、感謝していきていかねば成らないのである。今自分が何が出来るかである。身体が弱れければ、何をするかであり。ご飯をしっかりたべて,強い身体を作ることである。そうしたら、何かが生まれて来るのである。せっかく此の世に生まれてきたのだから、がんばりましょう。

自分こそ自分の主であり、他の人がどうして主で有ろうか。
自己をよくととのえることで、得がたい主を得られるのである。とダンマパダは言っています。
posted by 玉泉寺 at 07:02| 日記

2019年07月22日

だれかを見下すことはしないで

人は、他人を見下すことをすることが多い、それは恥じるべきだ。どうしても、人より優位に立ちたい。人の持っている者を所有したいよいう願望を持っている。平等でありたい何だよ。だから不幸なことが起こるのだよ。
何人も他人をあざむいてはならない。いついかなるときも他人をかるんじてはいけないと先人はいっている。
posted by 玉泉寺 at 07:57| 日記

2019年07月17日

後ろめたさを感じる時

私たち生きていて、後ろめたさを感じませんか。たとえばうそをついたら、前向き成らない
あのときうそでごまかしたことで,罪の意識を感じて苦しむ。この感情を誰もが感じるものです。
よく,悪い事をしたら,罰があたるよ。だからしないようにと戒められたものです。誰も見てないからよいや。と思って行動する。之れは間違いなのである。誰も見ていないのではなく、仏様が見ているのやで、だから罰があたるのや、
生きているのは、仏様が見守っているから、安心できるのや、
「心中にして仏はるかに遠し」ということわざありますが,仏様を信じないから言うのであって、実際は、仏様は近くにおられるのであります。仏が私たちのそばにいて、守ってくれるから、何ごとにも成就できるのです。
後ろめたさは、目にみえない仏様が、ちゃんとみてはるで、ということを、子ども達に教えて欲しいのです。
之れがお坊さんの説教ではないかと思います
posted by 玉泉寺 at 10:43| 日記

2019年07月13日

いいことはグズグズしないですぐやろう

梅雨の時期は、どうしても億劫になって、身体が思うように動かず、出来ないでいる自分に腹が立つ。貴重な時間が過ぎ去る。それだけ、生きている時間が短くなる。あせってしまい、出来なくなる自分に腹が立つ。身体に良くない。でも此の世には、悪い事ばかりで、それも腹が立つ。腹が立つ三重奏となり、もっと身体に悪い。だから、思い立ったことはすぐにやって、そして反省、出来たら感謝していこう。
posted by 玉泉寺 at 06:46| 日記

2019年07月09日

もうすぐお盆がやってきます

お盆というのは、日本の伝統行事です。しかも佛教から生まれた行事です。
お盆は、皆様方のご先祖様が帰ってくるのです、遠いはるかかなたより、旅をして、自分の生まれた所に迷わず帰ってくるのです、
私という存在は、ご先祖様のお陰なのです。私には、両親がいます。その両親にも両親がいます。地球が出来てからすると、十億人にのぼるご先祖様がおられることになります。之れを有縁無縁と言う言葉で表されるのです。その後先祖さまに供養する行事が、盆踊り、精霊流し、六歳念仏、五山の送り火等です。これら行事は、生きている人たちの安らぎの場であり。ご先祖様に供養する事につながるのです。相互供養ということばがあります。ご先祖様に供養すれば、それがまわり回って、自分の所に御利益として戻ってくるのです。之れが布施心であります。どうぞ皆さん方も、ご先祖様に供養してみてはいかかでしょうか。きっといいことが起こると思います。
posted by 玉泉寺 at 07:04| 日記