2019年06月30日

執着しない心が救われる

人間、誰しも執着するものである。だから苦しみが多い。苦しみが人生であるといっても過言ではない。
その苦しみに耐えることは喜びを感じて、ああ、生きて良かったと感じるのである。苦しみなくして、幸せを感じないと思う。
少しの執着をもつことは否定できない。なぜなら生きて行く希望が生まれないのである。生きるには希望がなくては、生きられない。その執着には、百八の煩悩があるといわれる。その煩悩をなくすことができるのは、朱印ではないでしょうか。当山では、わたしのはなしを聞くことができます。一度お参りに来てください。
posted by 玉泉寺 at 08:25| 日記

2019年06月25日

他人を思うこと

熱中して頑張っている姿を見て感動をしたことありませんか。
私たちは常に自分のスキルアップのためや、将来の夢のために、努力をされていることでしょう。
当然、自分のためにするということが前提なのですが、今回はその先のことを少し考えてみましょう。
例えば勉強やスポーツ、仕事でも自分のためだけに取り組んでいる場合と、自分以外の身近な人であったり、周りの人ためにと思って取り組む場合とでは、何かが違ってくる気がします。 良く見聞きするのは、スポーツ選手が試合で活躍した時にインタビューで、今まで応援してくれた両親に感謝の言葉を贈るシーンがあります。大切な人のためにという意識が、自分の中のさらなる力を呼び起こし、物事を成し遂げる力となることが多いのではないでしょうか。
仕事でも、一心に汗水たらして頑張って働く人の姿には、いつも心を打たれます。その仕事が誰かのためになっていたり、地域や社会のためになっていると考える方が、さらにやりがいを感じることができるはずです。どちらも自分のことではありますが、勢いと力強さを感じます。それこそが自分のためだけではなく、その先の他を想う力なのです。その先を想うことを、少しずつでも大きくしていけば、人に希望を与える存在になっていくことができるかもしれないし、目標を達成することに協力してくれる人に出会うことができるはずです。 一度視野を他に広げてみると、流れが変わっていくことに気づくことができるでしょう。
自分のことだけを考えて行動していると、人に感動や希望を与えることは難しいです。 大切な人や、大事な場所を守るために皆さんの意識を他に向けて、持てる力を注いでみて下さい。必ず得ることがあります。
posted by 玉泉寺 at 08:17| 日記

2019年06月20日

人はいつかは天寿を全うする

人間、(いきとしけるもの)は、死が訪れる。之れは真実です。今の社会は、医学の進歩で、死が伸ばされている。之れは幸せのことである。人昔前は、生きたくても、生きられなかった。その大きな原因は、病気である。病気にかかれば、医者にかかるとお金がかかる。薬がない。設備がない。などなど、しあわせのくらしを遠くしてきた。ところがどうでしょう。今では、長生きが出来る。ほんとありがたい。死の恐怖から逃れることが出来て、言うことがない。
今、不幸に思うことは、災いから命を落とす人々がいることである。昨日起こった新潟での地震、ひと月に起こった交通事故、親が子を殺した事件、警察官の不祥事、など、死の恐怖をまざまざと見せつけてくれる。
なぜだろうと考えるには、戒めがないからだと思う。悪い事をしてはならないという心が、いつからかなくなっているのではないでしょうか。自然災害は、どうすることも出来ないが。人間による不幸は、心さえあれば、防げると思います。
閻魔山が、悪い事をしたら舌をぬかれると言うことわざがありました。人に迷惑をかけたり、人をあやめたりしたら、、もう生きて行くことができない。とりかえしのつかない罪を犯したことで、笑うことが出来ない程、幸せな暮らしが訪れることがない。早く死にたい心になる。とっても悲しいことであります。
今、幸せって何だろうと説いていくしか有りません。
天台真盛宗は、戒めをもって生きることが出来れば、幸せな暮らしが出来る教えの宗派です。一度お話を聞きに来ませんか。DSC_0186.JPG
posted by 玉泉寺 at 09:21| 日記

2019年06月17日

人生手放すことの大切さ

人生には4つの時期がある。
一、学生期・・・知識を学び、生きる力を身につける時期
二、止住期・・・家で過ごす時期
三、林棲期・・・家から出て社会で過ごす時期
四、遊行期・・・旅に出る時期
人間には、ものをためるという時期を過ごして、ある一定、そこでとどまることができれば、手放すこと時期がやってくるのである。人間には欲望を追い求めて行くことは生きることの必要条件で在り、欲がなければ生きていけません。だけど、欲を求め過ぎて、苦しさにつぶれてしまうことがあることに気がついてほしいものです。得たものを手放すという行為は、生きることのつらさを半減して、生きやすくするものです。
いまはやりの言葉で、断捨離と言う言葉があるとおり、捨てる勇気をもつことは、どんなに楽になるかを考えて欲しいのです。身体の中に溜め込むと、いつかは病気のなってしまいます。そうならないように、放出して、楽になりましょう。所有するが故に、それだけ苦しさが増すだけなのです。人生、やり直すことも大切ではありませんか。
posted by 玉泉寺 at 08:32| 日記

2019年06月12日

別時念仏会法要の開催について

今度のぬ日曜日、大清寺を会場に、天台真盛宗高島門中の別時念仏会を開催します。
この法要は、朝から午後3時まで念仏を唱えます。之れは開祖真盛上人が、ある期間、念仏を六万回唱えることによって、正しい生き方をして、心迷うことなく、生きられるように唱えられたと令和の時代に続けられています。
私たちは、日頃悩み苦しむ中、どうしたら安らかに生きられるかを念仏を通して、気づかせてくれる法要です。
生きると言うことは、悩み苦しみの多いいきものです。その苦しみを、念仏で取り除いて、明日を元気になることです。
posted by 玉泉寺 at 20:37| 日記