2018年12月27日

今日も生きている

朝、目を開けると、心さわやかありがとう。と心で念じています。目が覚めると言うことは、だれでもあたり前こと。医者に聞くと、寝ているうちに心臓が止まってしまう人が毎年かなりの数になっているそうです。
目が覚めるとということは、今日も生きていると言うことですが、自分の意志だけで無いのです。周りの人々に感謝する事で、寿命が伸びるのだと思います。
posted by 玉泉寺 at 01:48| 日記

2018年12月25日

今日すべきことは明日に延ばさない

このよは諸行無常であり、常に移り変わるmのです。人の命も、いつかはなくなってしまうのである。だからこそ、今をたいせつにして生きなければならないのです。明日があるから、ぼうーと生きているのは無為に暮らすというのです。先人は、何かを残すために。一生懸命生きて、そして無くなって行ったのであります。
今私は、豊かさの中で生きています。何不自由なく生きているのです。そこに甘えがあるのだと思います。だけかがやってくれる。だから何も考えずにいきている。おかしいですね。先人は、日々のくらし、何かを求めてその日、その日を暮らしてきた。たとえば、おくどでご飯を炊くのに、山から柴を集めて、保存して、そして、ご飯をたくのに、少しづつ出してきて焚く。無くならないように、毎日、山に入って焚き物を集めてくる。それはその人の人生でした。
 ところが今はどうでしょう。楽していませんか。この生活を戒めなあければ、悪い事が起こり、奈落の底におとされて、不幸な人生を送ることになると戒めることだと思います。
それは、今日何をなすべきかではないでしょうか。
posted by 玉泉寺 at 07:42| 日記

2018年12月14日

心いつも平らかに

心が平らかというのは、いつも平常心でいることです。今の社会は情報であふれていて、目移りするばかりです。あれが欲しい、これが欲しい。ボーナスが入ったら、希望しているものを買おうとか、おいしいものを食べに行きたいとか、正月に、家族旅行してゆっくりしたいとか、さまざまな欲望がわき起こってきます。それらをすべて叶えようとすれば、お金が足りなくなってしまう。これって欲しいままに暮らすから苦しむことになる。だから、平常心が大事なのです、なにもにも左右されない心でいることです。難しいです。それが修行なのです。修行は、自分を戒め、きよらかな心でいることなのです。
posted by 玉泉寺 at 06:52| 日記

天台真盛宗の貫首の晋山式が執り行われる

天台真盛宗に新しく武田師が管長猊下に選ばれました。
真盛上人から数えて44代目になります。
武田師は、苦学のなか、京都大学を卒業されて、福井県庁に就職して、途中町長を三期して、まち作りに貢献されて、そして、管長となり、今後の宗教界に新しい伊吹を入れてくれるものと信じたい・。
posted by 玉泉寺 at 06:39| 日記