2018年10月28日

罪障生滅すれば福来たる

今朝、南拝戸区に祀るお地蔵さんの開眼をしてきました。
今年の台風で、お地蔵さんの屋形が傷つき、修理をするのに、お地蔵さんの性根を抜いてもらえませんかと依頼がありましたので、性根を抜いて、本日、お地蔵さんの性根を入れました。
お地蔵さんは、集落の中で祀られています。その昔、子どもを亡くされて、その魂がお地蔵さんに生まれ変わって、人々の罪障生滅をして、幸せな暮らしが出来るよう護っています。その地蔵さんの屋形の修理を終えて、元の場所に降りてきて、人々の幸せを祈られます。そのような縁を結んでいただき、ほんとにありがたいことです。いきとし生けるものすべて、悪をなしています。その悪を懺悔して、善い行いをする事を功徳を積むといいます。お地蔵さんは、私たちを見ており、悪をなすことがないように戒めています。だから、大切にしていますので、信心の心を起こし、幸せを祈る目的で参るのです。
posted by 玉泉寺 at 08:57| 日記

2018年10月23日

心が元気なるとは

心が元気になるには、レクリエーションゲームです。童心に帰って、ゲームに興じることであるとかんがえます。レクゲームは、集団出なければ出来ないのです。そのゲームの効能は、先ず、意欲を出せるのです。脳にドーパミンを流し、活性化させることで、思考力、運動、食欲を高めるのです。次に考え方です、よくマイナス思考で、絶望的になり、自分を否定してしまうと、老化を促し、寿命を縮めます。そして最後によき人間関係を結ぶことであります。是れこそが健康的な暮らしを護り、生きがいを高め、寿命が引き延ばされるのです。、
posted by 玉泉寺 at 08:16| 日記

2018年10月20日

南無とは

なむとは、頼むところであり、帰るところを意味している。
帰るところ在れば、安心なる境地に到れるのである。
人々は、盆休み、ゴールデンウィークに旅行に行きます。その時に旅行を計画いきますが、旅行が終わったら帰る家が在るから、楽しいです。若し、帰る家がなければどうでしょう。
私たちは、お母さんのおなかから生まれて、臨終の時に、命の元に帰れるから、安心して生きられるのです。若し、万が一、帰れるところがなければ、不安で不安で耐えられません。
観音経に、大海の中に放り込まれたら、何とかして浅瀬に行こうとする。その時に観音様が現れて、救ってくれるのです。仏様がお母さんであり、子どもが溺れそうになったら、抱きかかえてくれるのです。それが、大人になれば、自力で、安心なるところに行き着こうとする。それが家であり、臨終したら、仏の世界つまり、阿弥陀様の世界に帰っていくのであります。これがなむあみだぶつと念仏を称えることことであります。
生きることは、旅をしており、いろんな苦難にあい、悶え苦しむ。そうして命の臨終を迎えたときには、ほとけさまn
posted by 玉泉寺 at 09:56| 日記

2018年10月17日

お念仏のこころ

 現代社会は、携帯で、自分の意志が即座に伝えられる便利な社会です。そして、情報もすぐに手に入れられて、すぐに行動がおこす事ができます。しかし、自分に不利益なことが起こってしまします。世の中には、悪質な事件や事故が起こっています。携帯には、メールには心がのっていません。心がのっているのは自分から発する言葉です。心がないから、相手を傷つけたりする。
そんな社会にだれがしたのか。人間なのです。便利さを追い求め、人間の心を置き去りにしてきたツケが今回ってきたのです。今一度原点に戻るべきではないでしょうか。私は思う。
 ことばを発する前に、一呼吸置きましょう。そうすれば、相手を傷つけずに、いい関係を持続できます。
毎朝、法華経を読み、そして念仏を称えています。此はいわゆる自問自答なのです。今日も良き日であり、よき出会いがありますように、と念じています。だからこそ、今日が生きられるのです。便利が故につい心が置き去りにして、相手を傷つけたりするのです。便利もほどほどにという気持ちが、心穏やかにくらすこ出来ると考えます。
posted by 玉泉寺 at 09:29| 日記

2018年10月15日

今年の大蔵経会法要がおわりました

高島では、毎年、どこかのお寺で、大蔵経会を勤めています。今年は、来迎寺さんで行われました。壇信徒の皆様が、住職と心一つとなり、大きな問題を解決して、最後には、立派に勤め上げることは、大変素晴らしいものが在ります。ひとりでは出来ないことを、多くの人々と協力しあい、しかられたり、けなされたり、時には誉められたり、いじめられたりして、果敢に挑戦をして、成し遂げるということは、感動ものです。天高くまで、喜びが舞い上がるといいのは、楽しいことであります。
生きるとは、苦しみの連続なのです。それを人々と力を合わせ、成し遂げる喜びはいいものであります。
本当に壇信との皆様、お疲れ様でした。これからもよろしくお願いします。またどこかにお会いしたときには声をかけあいましょう
posted by 玉泉寺 at 08:09| 日記